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個人事業と違う!初めての役員報酬:決め方・払い方・源泉徴収のすべて

Tags: 役員報酬, 法人経理, 源泉徴収, 個人事業比較, 税金, 社会保険

はじめに:個人事業主から法人へ、役員報酬という新しい概念

個人事業主として事業を行っていた方にとって、法人化は大きなステップです。法人化に伴い、経理や税金のルールにも様々な変更が生じます。その中でも、特に戸惑うことが多いのが「役員報酬」に関することではないでしょうか。

個人事業では、事業で得た利益はそのまま事業主個人の所得となり、そこから所得税や住民税が計算されました。しかし、法人では、経営者であるあなた自身も、法人という組織から「役員報酬」という形で給与を受け取る立場になります。これは、法人と経営者個人が別人格であるという法的な考え方に基づくものです。

この役員報酬は、単に自分の給料をいくらにするかという話だけではありません。金額の決め方、支払いのルール、そして所得税の「源泉徴収」など、個人事業にはなかった新しい経理処理と税務知識が求められます。これらのルールを正しく理解しないと、税務上で不利益を被ったり、思わぬ納税負担が発生したりする可能性もあります。

この記事では、初めて法人化するあなたが、役員報酬についてまず知っておくべき基本的な考え方から、具体的な金額の決め方、支払い方法、そして必ず対応が必要となる源泉徴収の仕組みと手続きについて、分かりやすく解説します。個人事業の経験がある方にも理解しやすいよう、個人事業との違いにも触れながら説明を進めてまいります。

役員報酬とは何か?個人事業の「事業主貸/借」との違い

個人事業主の場合、事業のお金と個人のお金の区別はあるものの、事業用の売上から生活費を賄ったり、個人の資金を事業に充てたりする際に、「事業主貸」や「事業主借」といった勘定科目を使って処理していました。これは、事業主自身が事業から資金を引き出したり(貸)、事業に資金を投入したり(借)したことを示すものです。

一方、法人の場合、法人と経営者個人は明確に区別された存在です。法人が事業活動で得た利益はあくまで法人のものであり、経営者個人が自由に引き出すことはできません。経営者が法人からお金を受け取る方法は、主に「役員報酬」として受け取る給与、または「剰余金の配当」として受け取る方法があります。

役員報酬は、法人が役員に対して支払う労働の対価、あるいは役員の地位に対する対価としての性質を持ちます。これは法人にとっては「費用(損金)」として扱われるため、適切に処理することで法人の利益を圧縮し、法人税の負担を軽減する効果があります。しかし、この役員報酬を損金として認めてもらうためには、後述する厳格なルールに従う必要があります。

個人事業の「事業主貸」のように、法人の資金を目的を定めずに経営者個人が自由に引き出すことは原則として認められません。もし個人的な支出のために法人の資金を使った場合は、「役員貸付金」という形で処理され、後日法人に返済する必要が生じたり、税務上の問題が発生したりする可能性があります。役員報酬は、法人から個人へ資金を移動させるための、主要かつ正規の方法の一つであると理解してください。

役員報酬の金額はどう決める?税務上の重要なルール

役員報酬の金額は、会社の経営状況や事業計画、役員自身の生活設計などを考慮して自由に設定できるように思えますが、税務上の観点から重要なルールが存在します。特に設立間もない法人がまず知っておくべきルールは「定期同額給与」です。

定期同額給与の原則

法人が役員に支払う報酬を税務上の「損金」として認めてもらうためには、原則として「定期同額給与」である必要があります。「定期同額給与」とは、文字通り「毎月同じ時期に、同じ金額を支払う給与」のことです。

一度役員報酬の金額を設定すると、原則として事業年度の途中(期首から3ヶ月以内など、定められた改定時期以外)で金額を変更することはできません。もし定められた時期以外に金額を変更したり、特定の月にだけ多額の報酬を支払ったりすると、その変更部分や増額分が損金として認められず、結果として法人税の負担が増加する可能性があります。

このルールは、法人が利益を調整するために役員報酬を恣意的に変動させることを防ぐ目的があります。

金額設定の考え方と検討事項

役員報酬の金額設定は、以下の点を考慮して慎重に行う必要があります。

役員報酬の変更は、事業年度開始日から3ヶ月以内に行うのが一般的です。この期間を逃すと、次の事業年度まで変更できなくなることが多いです。設立初年度の場合は、設立日から3ヶ月以内に金額を決定する必要があります。

役員報酬の支払い方法と経理処理

役員報酬は、原則として法人の法人口座から、役員個人の個人口座へ振り込む形で行います。現金で手渡しすることも不可能ではありませんが、経理処理の透明性や証拠能力の観点から、法人口座からの振込が強く推奨されます。

支払い日は、他の従業員がいる場合は従業員の給与支払い日と合わせるのが一般的ですが、役員一人の場合は任意に設定できます。毎月同じ日に支払うようにしましょう。

経理処理(仕訳)は、給与を支払った際に以下のように行います。

| 勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 | | :----------- | :------- | :----------- | :------- | | 役員報酬 | XXX,XXX円 | 預金(普通) | YYY,YYY円 | | 源泉所得税預り金 | | 源泉所得税預り金 | ZZZ円 | | 社会保険料預り金 | | 社会保険料預り金 | AAA円 |

この仕訳を毎月行うことで、役員報酬の支払いと、それに伴う税金や社会保険料の預かりを記録します。

源泉徴収の仕組み:法人としての義務

法人化すると、役員や従業員に給与(役員報酬も含む)を支払う際に、所得税と復興特別所得税を差し引いて国に納める義務が生じます。これを「源泉徴収」といいます。個人事業主の場合、原則として自分の所得に対する所得税は確定申告で納税していたため、源泉徴収という概念は基本的にありませんでした。(例外として、原稿料など特定の報酬を支払う場合に源泉徴収する義務が発生することはありました。)

法人における源泉徴収の対象となるのは、役員報酬や従業員の給与です。法人は、これらの支払いを行う際に、定められた方法で所得税額を計算し、給与から差し引き(天引き)、本人に代わって税務署に納付します。

源泉所得税額の計算方法

源泉徴収する所得税額は、「給与所得の源泉徴収税額表」というものを使って計算します。この税額表は、国税庁のウェブサイトなどで確認できます。

税額表には、「扶養親族等の数」と「社会保険料等控除後の給与等の金額」に応じた税額が記載されています。

  1. まず、役員報酬から社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料など)の本人負担分を差し引きます。
  2. 次に、差し引いた後の金額と、役員が扶養している家族の人数(扶養親族等の数)を確認します。
  3. 「給与所得の源泉徴収税額表」で、該当する行と列が交差する箇所の金額が、その月に源泉徴収すべき所得税額となります。

例えば、社会保険料等控除後の給与が30万円で、扶養親族がいない場合、税額表の「甲」欄(主たる給与の支払いを受ける場合)を参照し、該当する税額を確認します。

この計算と天引きを毎月行い、その合計額を記録しておく必要があります。

源泉所得税の納付

源泉徴収した所得税は、原則として給与を支払った月の翌月10日までに、税務署に納付する必要があります。納付は、税務署から送られてくる納付書を使うか、e-Taxなどの電子納税で行います。

従業員が常時10人未満の法人であれば、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を税務署に提出することで、年2回(1月10日と7月10日)にまとめて納付することができる「納期の特例」を利用できます。設立後、すぐに申請しておくと、毎月の納付の手間を省くことができます。

年末調整:役員も対象です

年末調整は、その年1年間に支払った給与や役員報酬に対して、毎月源泉徴収した所得税の合計額と、本来1年間の所得に対して納めるべき所得税額を精算する手続きです。役員報酬を受け取っている役員も、原則として年末調整の対象となります。

年末調整では、生命保険料控除や地震保険料控除、iDeCoの掛け金などの所得控除を適用し、正確な年間の所得税額を計算します。もし毎月源泉徴収した税額の合計が年間の正確な税額より多ければ還付(税金が戻ってくる)、少なければ追加徴収(不足分を納める)が行われます。

法人は、役員や従業員の年末調整を行い、翌年の1月末日までに税務署と市区町村に「給与支払報告書」や「源泉徴収票」といった書類を提出する義務があります。

役員報酬に関するよくある疑問と注意点

まとめ:役員報酬は法人の基本の一つ

役員報酬は、個人事業にはない法人特有の重要な概念です。金額設定のルール(定期同額給与)、法人口座からの支払い、そして源泉徴収と年末調整といった一連の手続きは、法人経理の基本となります。

初めて法人化するにあたって、役員報酬の設定や源泉徴収の仕組みは少し複雑に感じるかもしれません。しかし、これらのルールを正しく理解し、適切に処理することは、税務上のリスクを回避し、会社の信頼性を保つ上で非常に重要です。

最初は戸惑うことも多いかもしれませんが、この記事が役員報酬に関する理解の一助となれば幸いです。不明な点や個別の状況に関する相談は、税理士や社会保険労務士などの専門家に行うことを検討してみてください。

正確な経理処理と適切な税務対応は、あなたの法人を健全に運営していくための土台となります。一つずつ理解を深め、自信を持って法人経営に取り組んでいきましょう。