個人事業から法人へ:設立後すぐやるべき経理の基本と準備
はじめに:法人設立後の経理、まず何から?
法人を設立された皆様、誠におめでとうございます。個人事業から法人へ移行された方、または初めて法人を設立された方にとって、その後の経理処理は新たな課題となることでしょう。個人事業での経験がある方でも、法人特有の経理処理や税金、法人口座の管理など、戸惑う点は少なくないかと存じます。
このサイトをご覧いただいている方の中には、「個人事業の時とは何が違うのだろう」「設立後、具体的にどのような手続きが必要なのか」「法人口座ってどう使えばいいのか」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、法人設立後、まず最初に取り組むべき経理の基本と準備について、ステップごとに分かりやすく解説いたします。個人事業との主な違いにも触れながら、スムーズに法人経理のスタートを切るための道筋を示してまいります。
設立登記完了後、最初に行うべき経理関連のアクション
法人設立登記が完了したら、事業を本格的にスタートさせる前に、いくつか経理に関連する重要な手続きを行う必要があります。これらは今後の法人の運営、特に税務において非常に大切になります。
1. 税務署等への各種届出
法人を設立したことを税務当局等に知らせるための届出が必要です。主に以下の書類を提出します。
- 法人設立届出書: 法人を設立したことを税務署に知らせる最も基本的な書類です。提出期限は原則として設立後2ヶ月以内ですが、速やかに提出することをおすすめします。
- 青色申告の承認申請書: 法人税の申告を青色申告で行うための申請です。青色申告には様々な税務上のメリットがあります(例:繰越欠損金の控除など)。提出期限は、設立日から3ヶ月以内、または設立事業年度終了日のいずれか早い日までです。設立初年度から青色申告のメリットを享受するためには、この申請が不可欠です。
- 給与支払事務所等の開設届出書: 役員報酬や従業員への給与を支払う場合に提出が必要です。提出期限は、給与の支払義務が生じる事務所等を開設してから1ヶ月以内です。役員報酬も「給与」として扱われますので、役員のみの会社でも提出が必要になります。
- 棚卸資産の評価方法の届出書 / 減価償却資産の償却方法の届出書: これらの届出は、特に選択したい評価方法や償却方法がある場合に提出します。提出しない場合は、法定の方法が適用されます。
これらの届出書は、税務署だけでなく、都道府県税事務所、市区町村役場にも提出が必要な場合があります。提出先や必要書類は、管轄の税務署のウェブサイトなどで確認するか、税理士に相談することをおすすめします。
2. 法人口座の開設
法人の事業活動におけるお金の流れは、法人口座を通じて行うことが原則です。個人事業の頃は事業用と個人用の口座を分けていても、法人では法律上、法人と個人は別人格であるため、資金を厳密に分離する必要があります。
法人口座の開設には、設立登記簿謄本や定款、印鑑証明書など、いくつかの書類が必要です。金融機関によっては審査に時間がかかる場合があるため、早めに手続きを進めることが重要です。
3. 会計処理体制の確立(会計ソフトの導入など)
法人の会計処理は、個人事業の確定申告よりも複雑になります。日々の取引を記録する「記帳」を行い、最終的に「決算書」(貸借対照表、損益計算書など)を作成する必要があります。
- 会計ソフトの選定と導入: 現在では、多くのクラウド会計ソフトがあり、簿記の知識が浅い方でも比較的簡単に記帳ができるようになっています。自社の事業規模や必要な機能(請求書作成、給与計算連携など)を考慮して選びましょう。
- 勘定科目の設定: どのような取引をどの勘定科目(例:売上高、仕入高、旅費交通費、通信費など)で記録するか、基本的なルールを決めます。個人事業で使っていた勘定科目と異なるものもあります。
- 記帳ルールの決定: 領収書や請求書の保管方法、経費精算のフローなど、日々の記帳をスムーズに行うためのルールを定めます。
日々の経理処理の開始:領収書・請求書の整理と記帳の基本
設立後、事業活動が始まれば、日々の経理処理が発生します。
1. 領収書・請求書の整理
全ての収入と支出に関する証拠書類(領収書、請求書、契約書など)を正確に保管することが義務付けられています。これらは記帳の根拠となり、税務調査の際にも必要となります。月ごと、または取引先ごとに整理するなど、管理しやすい方法を決めましょう。
2. 記帳(仕訳)の基本
日々の取引を「仕訳」という形式で記録します。仕訳は、「借方」(左側)と「貸方」(右側)に分けて勘定科目と金額を記入する簿記のルールに基づきます。例えば、売上代金が法人口座に入金された場合、以下のような仕訳になります。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :----- | :------- | :----- | :------- | | 普通預金 | 〇〇円 | 売上高 | 〇〇円 |
個人事業の記帳と基本的な考え方は同じですが、法人の場合は資本金、役員借入金、役員報酬など、法人ならではの勘定科目が出てきます。会計ソフトを利用すれば、これらの仕訳作業を効率的に行うことができます。
3. 法人口座の利用と取引記録
事業に関する全ての入出金は原則として法人口座を利用します。これにより、事業用資金と個人資金の区別が明確になります。法人口座の通帳やインターネットバンキングの記録は、そのまま会計ソフトに取り込むなどして記帳に活用できます。
役員報酬と源泉徴収の準備
法人を設立すると、経営者である皆様自身への報酬は「役員報酬」となります。これは個人事業の「事業主貸」や「事業主借」とは全く異なる扱いです。
- 役員報酬の決定: 役員報酬の金額は、原則として定期同額給与(毎月同額を支給すること)とし、事業年度開始の日から3ヶ月以内、または設立日(設立事業年度の場合)から3ヶ月以内に決定する必要があります。一度決定した金額は、原則として次の事業年度開始まで変更できません。
- 源泉徴収: 役員報酬は税法上「給与所得」とみなされ、所得税・復興特別所得税および住民税の源泉徴収の対象となります。会社は役員に報酬を支払う際に、これらの税金を天引きし、税務署に納付する義務があります。これを源泉徴収と呼びます。
- 納期の特例: 毎月納付するのが原則ですが、従業員が常時10人未満の会社は、税務署に「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を提出することで、年2回の納付にまとめることができます。
源泉徴収の対象となる範囲や計算方法は、個人事業主が自分の所得に対して確定申告・納税するのとは仕組みが異なります。間違いがないよう、税理士や会計ソフトの機能を利用して正確に行うことが重要です。
法人における資金の管理:個人資金との分離と資金移動
前述の通り、法人と個人は明確に分離されるため、資金の管理も厳格に行う必要があります。
1. 事業用資金と個人資金の分離徹底
法人口座はあくまで法人の事業用資金の管理にのみ使用します。個人の生活費や個人的な支出に法人口座から直接支払ったり、個人口座に安易に資金を移動させたりすることは避けるべきです。これにより、法人の財政状態が明確になり、税務上の問題も回避できます。
2. 資金移動が発生するケースとその会計処理
法人口座と個人口座間で資金移動が必要になるケースとしては、主に以下のようなものがあります。
- 役員報酬の支払い: 法人口座から役員の個人口座へ給与として支払います。これは費用(損益計算書)として処理されます。
- 役員による経費の立替: 役員が個人の資金で法人の事業経費を立て替えた場合、法人から役員へ立替金を支払います。この場合、法人の帳簿上は「未払金」や「立替金精算」として処理され、支払い時に該当の費用となります。
- 役員借入金/役員貸付金: 事業のために役員が個人資金を法人に貸し付けた場合、法人の帳簿上は「役員借入金」(負債)となります。逆に、役員が法人資金を一時的に借りた場合、法人の帳簿上は「役員貸付金」(資産)となります。これらの取引は、個人事業の「事業主借」「事業主貸」に似ていますが、法人では明確な借入・貸付として扱い、返済する義務が生じます。安易な役員貸付金は税務上の問題(利息認定など)や資金繰りの悪化を招く可能性があるため、必要最低限にとどめるべきです。
これらの資金移動についても、いつ、いくら、何のために移動したのかを明確に記録し、適切な勘定科目で処理することが重要です。会計ソフトの機能を活用したり、税理士に相談しながら進めましょう。
法人にかかる主な税金とその概要
法人には、個人事業主が納める所得税や住民税とは異なる種類の税金がかかります。設立初期に特に意識しておきたい税金は以下の通りです。
- 法人税: 法人の所得(益金から損金を差し引いたもの)に対してかかる税金です。税率は法人の規模や所得によって異なります。
- 法人住民税: 法人の所在地がある都道府県と市区町村に納める税金です。所得にかかる「法人税割」と、所得に関わらず発生する「均等割」があります。設立初年度でも均等割は発生します。
- 法人事業税: 法人の事業活動に対して都道府県に納める税金です。所得に対してかかるのが一般的です。
- 地方法人税: 法人税額を計算の基礎として納める国税です。
個人事業主が納める税金(所得税、住民税、個人事業税)は、事業主個人の所得に対して課税されますが、法人の場合は「法人という組織自体」の所得や存在に対して課税されるという違いがあります。特に、個人事業税と法人事業税は似ていますが、計算方法や控除の仕組みが異なります。
これらの税金は、原則として事業年度終了後に確定申告を行い、税額を計算して納付します。設立初年度の税金は、最初の決算後に納めることになりますが、均等割など一部の税金は期中に中間納付が必要になるケースもあります。最初の確定申告に向けて、日々の経理を正確に行い、決算準備を進めることが大切です。
まとめ:法人経理のスタートをスムーズに切るために
法人設立後の最初の経理は、個人事業との違いに戸惑うことも多いかもしれませんが、最初の一歩を正確に踏み出すことが、今後の法人の健全な経営の基盤となります。
この記事で解説したように、まずは設立登記完了後の各種届出、法人口座開設、そして会計処理体制の確立(会計ソフト導入、記帳ルールの決定)を行いましょう。その後は、日々の取引を法人口座を通じて行い、領収書・請求書を整理しながら正確に記帳を進めます。役員報酬の決定と源泉徴収の準備、そして資金の明確な分離と適切な会計処理も忘れてはなりません。
設立初期の経理は、慣れない作業が多く時間もかかりますが、不明な点は税理士などの専門家に相談することも有効な手段です。このガイドが、はじめての法人経理に取り組む皆様の一助となれば幸いです。