法人化で変わる!自宅家賃や通信費、共用経費の正しい処理と個人事業との違い
はじめに
このサイトでは、法人化された起業家が最初に知っておくべき経理処理と法人口座の利用方法について解説しています。
個人事業主として経理の経験がある方でも、法人化によって経理の考え方や具体的な処理方法が変わる点が多くあります。特に、自宅を事務所として使用している場合などに発生する、家賃や通信費といった「個人と事業で共用している経費」(以下、共用経費)の扱いは、個人事業の時とは異なる考え方が必要です。
この記事では、法人における共用経費の考え方、個人事業との違い、そして具体的な処理方法と注意点について詳しく解説します。これにより、初めて法人で共用経費を計上する際の不安を解消し、適切に経理処理を進められるようにサポートいたします。
なぜ法人では共用経費の扱いが変わるのか?個人事業との違い
個人事業主の場合、事業主と家計の区別はあるものの、法人のように法律上の「別人格」ではありませんでした。そのため、自宅家賃など事業と個人で共用している費用については、「家事按分(かじあんぶん)」という方法で事業用の部分と個人用の部分に分け、事業用の部分のみを経費として計上していました。この際、事業主勘定(事業主貸や事業主借)を用いて、個人と事業間のお金のやり取りを整理していました。
一方、法人は経営者個人とは切り離された独立した法律上の「別人格」です。法人には事業主勘定という概念がなく、法人のお金と経営者個人のお金を厳格に区分する必要があります。
共用経費についても、あくまで「法人という事業体が必要とした経費」だけが法人の経費となります。自宅の一部を事務所として使用している場合、その事務所として使用している部分にかかる費用は法人の事業に必要な費用と考えられますが、個人が居住している部分にかかる費用は法人の事業とは無関係です。したがって、法人では共用経費を計上する際に、個人事業と同様に按分が必要ですが、その考え方や仕訳の処理が異なります。
自宅家賃・通信費などを法人経費にする基本的な考え方
法人が共用経費を計上する場合も、個人事業と同様に「家事関連費(かじかんれんひ)」という考え方が基になります。家事関連費とは、家事上の経費と事業上の経費とに関連のある経費のことです。法人税法では、家事関連費のうち、業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分できる場合のその部分に限り、損金(税務上の経費のようなもの)に算入できるとされています。
つまり、自宅家賃や通信費などの共用経費を法人の経費とするためには、以下の2つの条件を満たす必要があります。
- 法人の事業を遂行する上で、その費用が必要であること。
- 例: 自宅を事務所の一部として使用しているため、その家賃や通信費が必要である。
- 事業に必要な部分とそれ以外の部分(個人の生活に必要な部分)を明確に区分できること。
- 例: 自宅の面積のうち事業に使用している割合、通信の使用時間のうち事業に使用している割合など、合理的かつ客観的な基準で按分計算ができる。
この「必要である部分を明らかに区分できる」という点が非常に重要です。按分計算を行う際は、税務署から説明を求められた場合にその根拠を明確に示せるように、計算方法を記録しておく必要があります。
具体的な按分方法の例(自宅家賃の場合)
自宅家賃を按分する場合、最も一般的なのは「面積按分」です。
- 面積按分: 自宅全体の床面積のうち、事業に使用している部屋やスペースの面積が占める割合で按分します。
- 例: 自宅全体の床面積100平方メートル、事業用スペースの面積20平方メートル → 按分率 20平方メートル ÷ 100平方メートル = 20%
- 使用時間按分: 会議や作業など、特定の用途で自宅を使用している時間に基づいて按分する方法です。こちらは家賃にはあまり適用されませんが、通信費など時間の要素が強い費用で用いられることがあります。
税務調査で按分率について指摘を受ける可能性があるため、計算の根拠(間取り図と事業用スペースの特定、使用時間の記録など)は必ず残しておくようにしてください。あまりにも高い按分率は、税務署から否認されるリスクが高まります。一般的には、事業に使用している実態に合わせて、現実的な割合を設定することが望ましいです。
共用経費の具体的な処理方法と仕訳例
共用経費の処理方法は、その費用を「誰が」「何を使って」支払ったかによって異なります。
1. 個人が立て替えて支払い、後日法人が個人へ精算する場合
自宅家賃や通信費を一旦個人名義の口座から支払った後、按分した事業用部分を法人から個人へ支払う(精算する)ケースです。多くのフリーランスの方が個人事業時代に行っていた方法に近いかもしれません。
- 支払時(個人が支払った時点): この時点では法人の帳簿上の仕訳は発生しません。
- 精算時(法人が個人へ支払う時点): 法人が個人に対し、按分した事業用部分の金額を「立替金」として支払い、これを経費として計上します。
| 日付 | 勘定科目 | 借方金額 | 勘定科目 | 貸方金額 | 摘要 | | :--------- | :--------- | :------- | :--------- | :------- | :--------------------------------------- | | (精算日) | 地代家賃 | X,XXX | 普通預金 | X,XXX | 〇月分自宅家賃(事業用XX%)個人立替分精算 | | | 通信費 | Y,YYY | 普通預金 | Y,YYY | 〇月分通信費(事業用YY%)個人立替分精算 |
地代家賃(ちだいやちん)
: 事務所や店舗の家賃などを計上する勘定科目です。通信費(つうしんひ)
: 電話代、インターネット接続料などを計上する勘定科目です。普通預金(ふつうよきん)
: 法人の銀行口座から現金が支払われた場合に用いる勘定科目です。
2. 法人が直接支払う場合(現実的には稀)
自宅の賃貸借契約を法人名義に変更し、法人口座から直接家賃を支払うケースなどです。ただし、居住用物件の場合、法人契約が難しい場合や、その後の手続きが煩雑になる可能性があります。また、この場合も事業用部分のみが法人の経費となります。
- 支払時(法人が支払った時点): 全額を法人口座から支払った場合、事業用部分と個人負担分を区分して仕訳します。個人負担分は、役員から法人への貸付金(役員貸付金)として処理するか、役員報酬から差し引くなどの方法が考えられます。しかし、これは処理が複雑になり、税務リスクも伴うため推奨されません。
より一般的なのは、上記1のように個人が立て替え、事業用部分のみを法人から精算する方法です。会計ソフトを使用している場合は、「経費精算」機能などを活用するとスムーズに処理できる場合があります。
共用経費処理に関する注意点
- 按分率の根拠資料を必ず保管する: 税務調査が入った際、按分率の合理性について質問されることがあります。面積計算の根拠となる間取り図や、使用時間を記録した書類などを用意しておきましょう。
- 個人負担分は法人の経費にならない: 按分計算で個人負担分とされた金額は、決して法人の経費に含めてはいけません。
- 消費税の扱い: 自宅家賃のうち居住用部分については消費税はかかりませんが、事務所として使用している部分については、貸主が課税事業者であれば消費税がかかる場合があります。通信費なども同様に、課税仕入れとなります。消費税の免税事業者であるか課税事業者であるかによって、処理が異なりますので注意が必要です。
- 契約名義: 自宅の賃貸借契約が個人名義のままであれば、法人名義で領収書を受け取ることはできません。個人名義の領収書と、按分計算の根拠資料をセットで保管しておく必要があります。
まとめ
法人において自宅家賃や通信費などの共用経費を計上する場合、個人事業の時とは異なり、法人という独立した「別人格」の経費として、事業に必要な部分のみを按分して計上する必要があります。
- 重要なのは「事業に必要」かつ「区分できる」こと。
- 按分計算は合理的根拠に基づいて行い、資料を保管すること。
- 多くの場合、個人が立て替えて支払い、事業用部分を法人から精算する形で処理します。
- 精算時の仕訳は、適切な勘定科目(地代家賃、通信費など)を用いて行います。
共用経費の処理は、個人事業経験者でも戸惑いやすいポイントの一つです。特に法人設立初期は不明な点が多いかと思いますので、適切な経理処理のためにも、必要に応じて税理士などの専門家へ相談することもご検討ください。