個人事業主とどう違う?法人の役員報酬・源泉徴収のポイント解説
はじめに
法人設立おめでとうございます。個人事業から法人へステップアップされた方の多くが、最初に戸惑うことの一つに「経理処理の違い」があります。特に、ご自身の報酬の受け取り方や、税金の納め方に関するルールは大きく変わります。
個人事業主として確定申告や日々の経理を経験されていても、法人になると「役員報酬」や「源泉徴収」といった新しい言葉や概念が出てきます。これらは法人ならではの重要なルールであり、適切に対応しないと税務上の問題につながる可能性があります。
この記事では、個人事業の経験がある方を対象に、法人の「役員報酬」と「源泉徴収」の基本的な考え方、個人事業との具体的な違い、そして法人設立後まず行うべき対応について解説します。初めての法人経理の不安を解消し、スムーズなスタートを切るための一助となれば幸いです。
1. 法人の「役員報酬」とは?個人事業主の「事業主貸」との決定的な違い
個人事業主にとって、事業で得た利益はそのまま事業主個人の所得となり、そこから生活費などを引き出す際は「事業主貸」という勘定科目を使って処理していました。これは、事業と個人が一体であるため可能な処理です。
一方、法人は法律上、会社という独立した存在です。社長や役員は、会社から給与を受け取るという形になります。これが「役員報酬」です。
役員報酬の重要なポイント
- 損金算入(経費になる): 役員報酬は、一定のルールに従って支払われる限り、会社の経費(損金)として認められます。これにより会社の利益が圧縮され、法人税等の負担を減らす効果があります。個人事業主の「事業主貸」は経費になりませんでした。
- 給与所得: 役員報酬は、受け取る役員個人の給与所得となります。個人事業の所得は「事業所得」などでしたが、法人からの報酬は給与所得として、個人の所得税・住民税の計算対象となります。
- 金額変更のルール: 税務上の特定のルール(主に「定期同額給与」)により、役員報酬の金額は原則として事業年度開始から3ヶ月以内に決定し、その後1年間は毎月同額を支払う必要があります。期中に金額を安易に変更すると、変更後の増額分などが会社の経費として認められない場合があります。個人事業では必要に応じて自由な金額を生活費に充てることができましたが、法人では計画的な資金繰りがより重要になります。
- 社会保険料: 役員も一定の要件を満たす場合、健康保険や厚生年金といった社会保険に加入し、保険料の負担が発生します。個人事業の国民健康保険や国民年金とは異なる制度です。
仕訳の基本
役員報酬を支払う際の基本的な仕訳は以下のようになります。
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役員報酬を計上する時(月末など): | 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :----------- | ---: | :--------- | ---: | | 役員報酬 | XXX | 未払費用 | XXX | (説明: 会社が役員に支払う義務(費用)を認識し、まだ支払っていない状態を示す)
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役員報酬を支払う時(給料日など、源泉徴収考慮前): | 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :----------- | ---: | :--------- | ---: | | 未払費用 | XXX | 普通預金など | XXX | (説明: 支払い義務を解消し、会社の預金から支出した状態を示す)
実際には、後述する源泉徴収や社会保険料の控除を考慮した仕訳が必要になります。
2. 法人の「源泉徴収」とは?個人事業との違い
源泉徴収とは、給与や報酬などを支払う側が、あらかじめ所得税・復興特別所得税を差し引き(天引きし)、受け取る側(役員や従業員、フリーランスなど)に代わって国に納める制度です。
個人事業主自身は源泉徴収される側(取引先から源泉徴収される場合など)になることはありますが、基本的に源泉徴収をして納税する義務は(よほど特別なケースを除き)ありませんでした。
しかし、法人は役員や従業員に給与を支払う際に、この源泉徴収を行う義務が生じます。
源泉徴収の重要なポイント
- 対象となる支払い: 役員報酬(給与所得)、従業員の給与・賞与、特定の士業(弁護士、税理士など)への報酬、原稿料など、法律で定められた特定の支払いを行う際に源泉徴収が必要です。
- 税額の計算: 役員報酬や給与からの源泉徴収税額は、国税庁が発行する「源泉徴収税額表」に基づいて計算します。扶養親族の数などによって税額は変動します。
- 納付義務: 源泉徴収した所得税・復興特別所得税は、原則として支払いを行った月の翌月10日までに、会社の住所地を管轄する税務署に納めなければなりません。納付には所定の納付書を使用します。
- 納期の特例: 給与を支払う人数が常時10人未満の会社は、税務署に申請書を提出し承認を受けることで、源泉徴収税の納付を半年に一度にまとめることができます(1月〜6月分を7月10日まで、7月〜12月分を翌年1月20日まで)。これは資金繰りや事務負担の軽減に役立ちます。
- 年末調整: 役員報酬も給与所得であるため、年末には年末調整が必要です。年末調整は、1年間(1月〜12月)に源泉徴収した所得税の合計額と、年間の給与総額に基づいて計算した本来納めるべき所得税額を精算する手続きです。
仕訳の基本(源泉徴収考慮後)
役員報酬を支払う際の仕訳は、源泉徴収分を「預り金」として処理します。
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役員報酬を計上する時(月末など): | 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :----------- | ---: | :--------- | ---: | | 役員報酬 | XXX | 未払費用 | XXX | (説明は先述の通り)
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役員報酬を支払う時(給料日など): | 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :----------- | ---: | :--------- | ---: | | 未払費用 | XXX | 普通預金 | XXX | | | | 預り金(所得税) | XXX | | | | 預り金(社会保険) | XXX | (説明: 未払費用を解消し、役員の手取り額を普通預金から支払い、源泉所得税と社会保険料の本人負担分を会社が預かっている状態を示す)
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源泉所得税を納付する時: | 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :--------------- | ---: | :------- | ---: | | 預り金(所得税) | XXX | 普通預金 | XXX | (説明: 預かっていた所得税を税務署に納付し、預り金の残高を減らす)
3. 法人設立後、役員報酬・源泉徴収で最初に取り組むべきこと
- 役員報酬額の決定: 会社の設立登記後、速やかに最初の役員報酬額を決定します。この決定は株主総会の議事録などに記録しておくことが望ましいです。事業計画に基づき、無理のない金額を設定することが重要です。
- 税務署への届出:
- 給与支払事務所等の開設届出書: 役員報酬や従業員に給与を支払うことになった日から1ヶ月以内に、会社の住所地を管轄する税務署に提出します。
- 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書: 納期の特例を利用したい場合は、この申請書を提出し承認を受けます。
- 源泉徴収税額の計算と控除: 毎月の役員報酬額が決まったら、「給与所得の源泉徴収税額表」を使って源泉徴収すべき所得税額を計算します。役員報酬から計算した所得税と、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料(対象の場合)の本人負担分を差し引いた金額が、実際に役員の口座に振り込まれる手取り額となります。
- 源泉所得税の納付: 毎月の支払い(または納期の特例による半期ごと)の翌月10日までに、源泉徴収した所得税を税務署に納付します。e-Taxによる電子納税や、金融機関での窓口納付が可能です。
- 年末調整の準備: 12月の最終支払日までに、年間の源泉徴収税額を確定させる年末調整を行います。生命保険料控除や地震保険料控除、iDeCoの掛金控除など、個人が受けられる所得控除を反映させる手続きです。
これらの手続きを正確に行うために、給与計算機能のあるクラウド会計ソフトや給与計算ソフトの導入を検討することをお勧めします。多くのソフトは、役員報酬や従業員給与の金額を入力すれば、源泉徴収税額や社会保険料を自動計算し、給与明細の発行や税務署・役所への提出書類作成をサポートしてくれます。
まとめ
法人化に伴い、ご自身の報酬の受け取り方や税金計算の方法は個人事業主時代から大きく変化します。特に「役員報酬」と「源泉徴収」は、法人として最初期に直面する重要な経理・税務処理です。
個人事業では自由だった資金移動が、役員報酬という給与の形になり、税務上の厳しいルールが適用されます。また、個人事業主自身には原則なかった源泉徴収義務が法人には発生し、毎月または半期ごとに税務署への納付が必要になります。
これらの違いを理解し、役員報酬額の決定、税務署への届出、毎月の源泉徴収と納付といった一連の手続きを正しく行うことが、スムーズな法人経営の第一歩です。
もし手続きに不安を感じる場合や、役員報酬の金額設定、社会保険に関する詳細なアドバイスが必要な場合は、税理士などの専門家にご相談されることを強くお勧めします。専門家のサポートを受けることで、税務リスクを回避し、本業に集中できる環境を整えることができるでしょう。