はじめての法人経理:設立直後の消費税とインボイス制度の基本
はじめに:法人化後の消費税、不安を感じていませんか
個人事業主として活動されていた方にとって、法人化に伴う経理の変化は多岐にわたります。特に税金に関する部分は複雑に感じられるかもしれません。所得税や住民税が中心だった個人事業とは異なり、法人では法人税、法人住民税、法人事業税といった様々な税金が発生します。そして、多くの人が戸惑うポイントの一つに、消費税があります。
個人事業の時代は免税事業者であった方も、法人になった途端に消費税の課税対象となるのか、インボイス制度にはどう対応すれば良いのかなど、疑問や不安を抱えていることでしょう。
この記事では、法人設立直後の起業家が知っておくべき消費税の基本的な考え方と、近年のインボイス制度が法人経理にどのような影響を与えるのかについて、分かりやすく解説いたします。個人事業の経験がある方にも理解しやすいように、違いを意識しながら読み進めていただければ幸いです。
法人設立時の消費税の基本的な考え方
個人事業主の場合、原則として前々年の課税売上高が1,000万円を超えると消費税の課税事業者となります。しかし、法人を設立したばかりの場合、この基準とは少し異なるルールが適用されます。
原則として設立から2年間は免税事業者
新しく設立された法人の場合、原則として設立事業年度と、それに続く第2事業年度は消費税の免税事業者となります。これは、設立時点では基準期間(通常は前々事業年度)が存在しないためです。
ただし、以下のいずれかに該当する場合は、設立初年度から課税事業者となる場合があります。
- 特定期間の課税売上高による判定: 設立事業年度の開始の日以後6ヶ月間の課税売上高が1,000万円を超える場合、または、設立事業年度の開始の日以後6ヶ月間の給与支払額が1,000万円を超える場合、その事業年度の翌事業年度から課税事業者となります。
- 資本金による判定: 設立時の資本金または出資金が1,000万円以上である法人は、設立事業年度から消費税の課税事業者となります。
個人事業の経験がある方は、ご自身の課税売上高が1,000万円を超えていても、法人化したことで改めて基準がリセットされるという点を理解しておくことが重要です。
設立時に課税事業者を選択するメリット・デメリット
原則免税となる設立当初の法人でも、「消費税課税事業者選択届出書」を税務署に提出することで、あえて設立初年度から課税事業者となることができます。
これには以下のようなメリットとデメリットが考えられます。
- メリット:
- 多額の設備投資などで消費税の還付を受けられる可能性がある。設立初期に大きな経費(課税仕入れ)が発生し、それにかかる消費税額が、売上にかかる消費税額を上回る場合に還付が発生します。
- 取引先が課税事業者である場合、課税事業者であることで取引上の信用を得やすくなることがあります(特に後述するインボイス制度において重要になります)。
- デメリット:
- 売上にかかる消費税よりも仕入にかかる消費税が少ない場合、納税負担が発生します。
- 一度課税事業者を選択すると、原則として2年間は免税事業者に戻ることができません。
ご自身の事業計画や設立初期の投資計画などを考慮して、慎重に判断する必要があります。
インボイス制度と法人経理
2023年10月1日から始まったインボイス制度(適格請求書等保存方式)は、法人経理にも大きな影響を与えています。この制度は、消費税の仕入税額控除を受けるために、原則として適格請求書(インボイス)の保存が必要となる制度です。
適格請求書発行事業者とは
適格請求書(インボイス)を発行できるのは、税務署に登録申請を行い、適格請求書発行事業者として登録された事業者だけです。この登録ができるのは、消費税の課税事業者のみです。
つまり、原則として設立当初2年間は免税事業者である法人は、適格請求書発行事業者になることができません。
設立直後の法人がインボイス対応をどう考えるか
設立直後の法人が適格請求書発行事業者になるかどうかは、主に取引先の状況によって判断することが多いです。
- 取引先が課税事業者である場合: 取引先は貴社からの仕入れにかかる消費税について、仕入税額控除を行いたいと考えています。貴社が適格請求書発行事業者でない場合、取引先は仕入税額控除が受けられなくなります。そのため、取引を継続するために、貴社に適格請求書発行事業者への登録を求められる可能性があります。この場合、貴社は前述の「消費税課税事業者選択届出書」を提出し、課税事業者となった上で、適格請求書発行事業者の登録申請を行うことになります。
- 取引先が個人(消費者)や免税事業者である場合: これらの取引先は仕入税額控除に関係がないため、貴社が適格請求書発行事業者である必要性は低くなります。原則通り、設立後2年間は免税事業者として事業を行うという選択肢が有力になります。
ご自身の主な取引先がどのような事業者であるかを把握し、インボイス発行を求められる可能性があるかどうかを確認することが、設立直後の対応を検討する上で非常に重要です。
インボイスを受け取った場合の経理処理
貴社が課税事業者であるか免税事業者であるかにかかわらず、仕入や経費の支払いに関する請求書がインボイスであった場合は、保存しておく必要があります。
貴社が課税事業者であり、仕入税額控除を行う場合は、受け取ったインボイスに基づいて経理処理(仕訳)を行います。仕訳の方法には「税込経理」と「税抜経理」がありますが、初めて法人経理を行う場合は、シンプルで分かりやすい「税込経理」を選択するのも一つの方法です。
(例:消耗品を11,000円(うち消費税1,000円)で購入した場合) * 税込経理: (借方)消耗品費 11,000円 /(貸方)現金預金 11,000円 * 税抜経理: (借方)消耗品費 10,000円 /(借方)仮払消費税等 1,000円 /(貸方)現金預金 11,000円
設立直後の消費税に関する手続きと注意点
- 「消費税課税事業者選択届出書」の検討と提出: 設立初年度から課税事業者を選択する場合、この届出書を提出期限(通常、事業年度の開始日の前日まで。設立初年度は設立日以後遅滞なく。)までに提出する必要があります。
- 「適格請求書発行事業者の登録申請書」の検討と提出: 課税事業者となった上でインボイス発行事業者となる場合、この登録申請書を提出します。登録には一定期間がかかるため、インボイス発行が必要となる時期に合わせて早めに申請することが推奨されます。
- 経理処理方法(税込経理か税抜経理か)の選択: 会計ソフトを使用する場合、この設定は最初に選択する必要があります。一度選択すると、原則として継続適用が必要です。
- 請求書・領収書の確認: 受け取った請求書や領収書がインボイスの要件を満たしているかを確認し、保存しておく習慣をつけましょう。
- 消費税の申告・納付: 課税事業者となった場合、事業年度終了後に消費税の確定申告と納税が必要となります。売上高によっては、年1回の中間申告・納付も必要になる場合があります。免税事業者の場合は、消費税の申告・納付義務はありません。
まとめ:設立直後の消費税はまず基本を理解することから
法人設立直後の消費税は、個人事業の経験だけでは判断に迷う部分があるかもしれません。しかし、まずは「原則として設立から2年間は免税であること」「資本金や特定の期間の売上・給与によっては初年度から課税になること」「インボイス制度は課税事業者のみが関係し、主に取引先の要望で対応を検討すること」という基本原則を理解することが第一歩です。
ご自身の事業形態や取引先の状況を踏まえ、課税事業者となるか否か、適格請求書発行事業者となるか否かを検討し、必要な手続きを進めてください。もし判断に迷う場合は、税理士などの専門家に相談することもご検討ください。設立初期から正しい経理処理を行うことが、その後の事業運営の安定につながります。
この記事が、初めて法人経理に取り組む皆様の消費税に関する不安解消の一助となれば幸いです。