個人事業とは違う!法人の経費ルール:知っておくべき勘定科目と注意点
はじめに:法人化で変わる「経費」の考え方
個人事業主として事業を営まれてきた方にとって、「経費」は事業活動にかかる支出を所得から差し引くための重要な要素でした。しかし、法人化すると、この「経費」の取り扱いにはいくつかの重要な違いと、新たに知っておくべきルールが存在します。特に、個人事業の感覚で処理してしまうと、税務調査で指摘を受けるリスクや、正確な会社の業績が見えにくくなる可能性があります。
この記事では、初めて法人経理に取り組む方が、個人事業の経費処理と比較しながら、法人における経費の基本的な考え方、特に注意が必要な勘定科目、そして経費処理を行う上での具体的な注意点について分かりやすく解説します。
法人経費の基本的な考え方と個人事業との違い
法人における経費、正式には「損金(そんきん)」と呼ばれるものですが、その基本的な考え方は「会社の事業遂行のために必要な支出」であるという点で個人事業と共通しています。しかし、法人には明確な「会社」という組織があり、経営者である「役員」や従業員が存在するため、支出が「会社の事業」のためのものなのか、「役員個人のため」のものなのかをより厳密に区別する必要があります。
個人事業では、事業主個人の生活費と事業用支出が混在しがちな「家事関連費」の按分(あんぶん)が課題でした。法人では、会社と役員・従業員は別人格とみなされるため、役員個人の支出を会社の経費とすることは原則できません。役員個人の支出は、会社の利益から支払われる役員報酬や役員賞与、あるいは役員から会社への貸付金で賄われるべきものです。
また、特定の経費項目には、個人事業にはない、あるいは異なる取り扱いルールが適用される場合があります。例えば、後述する「接待交際費」には一定の損金算入制限が設けられています。
特に注意が必要な法人経費の勘定科目
法人経理において、個人事業からの移行期に特に混乱しやすく、注意が必要な勘定科目をいくつかご紹介します。
接待交際費(せったいこうさいひ)
定義: 得意先や仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出する費用。飲食費、ゴルフ、旅行、贈答品などが含まれます。
個人事業との違いと注意点: 個人事業主の場合、事業に関連する飲食費などは会議費や打合せ費用として処理されることが多く、明確な区分が曖昧なケースが見られます。法人では、接待交際費には損金算入に上限が設けられています(資本金1億円以下の法人などの場合、年間800万円まで、あるいは飲食費の50%のいずれか有利な方を選択可)。上限を超えた部分は税務上の経費として認められません。誰と、どのような目的で、いくら使ったのか、という詳細な記録と証拠書類(領収書、参加者リストなど)の保管が非常に重要です。
会議費(かいぎひ)
定義: 会議に関連して支出する費用。社内会議の飲食代や資料代、外部との打合せや商談時の飲食代などが含まれます。
注意点: 接待交際費との線引きが重要です。税務上、1人あたり5,000円以下の飲食費で、会議の目的のために支出されたものであると認められる場合は、「会議費」として全額損金算入が可能です。これを「5,000円基準」と呼びます。ただし、飲食の場所や時間、会議の内容との関連性などが判断基準となります。この基準を超える飲食費は原則として「接待交際費」として処理することになります。こちらも参加者や目的の記録が必要です。
福利厚生費(ふくりこうせいひ)
定義: 従業員の慰安や医療、衛生、慶弔などのために支出する費用。社内旅行や忘年会・新年会の費用(一定の条件あり)、健康診断費用、慶弔見舞金などが含まれます。
注意点: 福利厚生費として認められるためには、会社の全従業員を対象とし、かつ金額が社会通念上妥当な範囲である必要があります。役員のみを対象とした支出や、特定の従業員だけを優遇するための支出は、給与や賞与とみなされる可能性があります。従業員がいない、役員1人の法人では、原則として福利厚生費は発生しません。
旅費交通費(りょひこうつうひ)
定義: 業務のために移動にかかった費用。電車代、バス代、タクシー代、飛行機代、宿泊費など。
注意点: 役員や従業員の出張にかかる旅費について、あらかじめ「旅費規程」を定めておき、その規程に基づいて支払われる日当や宿泊費については、実費精算ではなくても一定額を会社の経費とすることができます。ただし、規程がない場合や、規程があっても社会通念上あまりに高額な場合は、給与とみなされるリスクがあります。
その他の注意点
- 家事関連費の按分: 個人事業では自宅兼事務所の場合、家賃や光熱費を事業使用割合で按分して経費としていましたが、法人では原則として「会社が役員から事務所として借り上げる」形(不動産賃貸料)で処理し、役員はその賃料収入を個人で申告する必要があります。
- 役員報酬との線引き: 役員に対する支出で、会議費や旅費交通費など特定の目的の支出ではないものは、役員報酬として処理するのが基本です。役員報酬は株主総会などで金額を定め、定額で毎月支払う必要があります。臨時に支払われたり、明確な根拠のない支出は、役員賞与とみなされたり、会社の経費として認められない場合があります。
- 証拠書類の重要性: どのような経費であっても、支出の事実を証明する領収書、レシート、請求書などの証拠書類を保管することが必須です。税務調査ではこれらの書類に基づいて経費の妥当性が判断されます。
法人経費の支払い方法と資金移動の注意点
法人経費の支払いは、原則として法人口座から行うべきです。これにより、会社の事業用資金と個人資金が明確に区別され、経理処理も透明性が保たれます。
しかし、日常的な少額の経費や、緊急の場合などに、役員個人の資金で会社の経費を立て替えることもあります。この場合、立て替えた役員に対して会社から精算金を支払うことになります。この精算は、会社の法人口座から役員個人の口座へ資金を移動させるという形で行われます。
会計処理と注意点:
- 立替時: 役員が個人資金で会社の経費を支払った時点では、会社の帳簿上はまだ経費として計上しません。代わりに、役員に対する債務(会社から役員への支払い義務)が発生したとして、「未払金」または「役員借入金」といった勘定科目で処理することが考えられます。経費は、立替を行った事実を記録します。
- 精算時: 会社が法人口座から役員個人の口座へ立替金を送金した時点で、上記の役員に対する債務を消し込む処理を行います。
この際の資金移動は、あくまで会社が役員への「立替金精算」として支払うものであり、「役員への給与」や「役員報酬」とは性質が異なります。振込の際に摘要欄に「立替金精算」などと記載しておくと、後から見返した際に分かりやすくなります。
法人口座と個人口座間の資金移動については、「法人口座と個人口座の正しい使い分けと資金移動の注意点」などの記事も参考にしてください。
まとめ:正確な経費処理が法人の信頼と成長の礎に
法人経理における経費処理は、個人事業と比較してより厳密なルールや注意点が存在します。特に、事業との関連性の証明、特定の勘定科目ごとの定義理解、そして適切な証拠書類の保管が重要です。
この記事で解説した内容を参考に、日々の経費について、それが本当に会社の事業に必要な支出であるか、どの勘定科目で処理すべきか、証拠書類は適切か、といった点を意識して処理を進めてみてください。
正確な経費処理を行うことは、税務リスクを低減するだけでなく、会社の利益を正しく把握し、経営判断を行う上での基盤となります。最初は戸惑うこともあるかもしれませんが、一つずつ理解を深め、適切に対応していくことが、法人の信頼を築き、持続的な成長を実現するために不可欠です。
もし判断に迷う場合は、税理士などの専門家に相談することも検討してみる価値があるでしょう。