個人事業から法人へ:会計ソフトで困らない選び方と初期設定のポイント
はじめに:法人化で変わる経理と会計ソフトの役割
個人事業主として事業を営んでこられた方にとって、法人化は事業拡大や社会的な信用の向上といったメリットをもたらす一方で、経理業務にはいくつかの大きな変化が生じます。特に、日々の記帳や決算申告の基盤となる会計ソフトの使い方についても、個人事業とは異なる知識や設定が必要になる場合があります。
個人事業での経理経験がある方でも、法人特有の項目(役員報酬、源泉徴収、法人税等など)の扱いや、より複雑になる税務申告書の作成に不安を感じるかもしれません。これらの変化に対応し、経理業務を効率的かつ正確に進めるためには、法人経理に適した会計ソフトを選び、適切に初期設定を行うことが非常に重要になります。
この記事では、個人事業から法人へ移行する起業家の方に向けて、法人経理における会計ソフトの重要性、会計ソフトの選び方、そして導入後の初期設定で特に気をつけたいポイントについて解説します。
なぜ法人では会計ソフトがより重要になるのか
個人事業主の場合、会計ソフトを使わずに手作業や表計算ソフトで経理を行う方もいらっしゃいます。しかし、法人では会計ソフトの導入がほぼ必須と言えるほど、その重要性が増します。その主な理由は以下の通りです。
- 仕訳内容の複雑化: 個人事業にはない「役員報酬」「役員借入金」「役員貸付金」「法人税等」「利益準備金」「繰越利益剰余金」といった勘定科目や、それに関連する仕訳が増えます。
- 税務申告の複雑化: 法人税、法人住民税、法人事業税といった法人特有の税金が発生し、これらの計算や申告書の作成は個人事業の所得税申告書よりも複雑です。会計ソフトの申告書作成機能や連携機能が非常に役立ちます。
- 消費税の対応: 消費税の課税事業者になった場合、取引ごとに消費税の処理が必要になります。インボイス制度への対応も求められるようになり、会計ソフトでの正確な管理が不可欠です。
- 会社法の要求事項: 会社法に基づき、貸借対照表や損益計算書といった決算書類を作成・保管する義務があります。会計ソフトを使えばこれらの書類を自動で作成できます。
これらの点から、法人では正確な記帳と効率的な申告のために、会計ソフトの活用が不可欠となります。個人事業で会計ソフトを使っていた方も、法人向け機能が充実したソフトへの移行や、既存ソフトの法人向けプランへの切り替えが必要となる場合があります。
法人向け会計ソフトの選び方
法人経理に対応した会計ソフトは数多く存在します。自社に合ったソフトを選ぶためには、いくつかの比較検討ポイントがあります。
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クラウド型かインストール型か:
- クラウド型: インターネット経由で利用する形式です。複数の場所からアクセスでき、常に最新の状態で利用できるメリットがあります。アップデートの手間がなく、税制改正にも自動で対応しやすいのが特徴です。月額または年額の利用料がかかるのが一般的です。
- インストール型: 購入したソフトをパソコンにインストールして利用します。一度購入すれば追加費用がかからない場合がありますが、税制改正時のアップデートに費用がかかったり、対応が遅れたりする可能性があります。
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機能の充実度:
- 自動連携機能: 法人口座や事業用クレジットカードの取引明細を自動で取り込み、仕訳を提案してくれる機能は、日々の入力作業を大幅に削減できます。
- 請求書・領収書機能: 会計データと連携した請求書や領収書の発行機能があると便利です。
- 給与計算・労務機能との連携: 役員報酬や従業員の給与計算、源泉徴収税の管理などを行う場合、これらの機能が一体となっているか、または外部ソフトと連携できるかを確認します。
- 消費税対応: 課税事業者になった際に、消費税の計算(本則課税・簡易課税)、インボイス制度に対応しているか確認します。
- 税務申告書作成連携: 法人税、消費税などの申告書作成ソフトと連携、あるいはソフト内で申告書の一部または全部を作成できる機能があるかを確認します。
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料金体系:
- 初期費用、月額または年額の利用料を確認します。利用可能な機能やサポート体制によって料金プランが分かれていることが多いため、必要な機能が含まれているか確認します。無料トライアル期間があるソフトで試してみるのも良いでしょう。
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使いやすさとサポート体制:
- 初めて法人経理に取り組む方にとっては、操作画面が直感的で分かりやすいか、マニュアルやヘルプが充実しているか、不明点があった際に電話やチャット、メールでのサポートを受けられるかどうかが重要なポイントです。
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自社の事業規模や将来性:
- 将来的に従業員が増える予定があるか、複数の拠点で利用する可能性があるかなど、自社の状況に合わせて、規模が大きくなっても対応できるソフトを選ぶことも検討します。
これらのポイントを比較検討し、ご自身の事業内容や経理の知識レベルに合ったソフトを選びましょう。
会計ソフト導入後の初期設定のポイント
会計ソフトを選んで導入したら、まず初期設定を行います。この初期設定を正確に行うことが、その後の経理処理をスムーズに進めるための鍵となります。
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会社情報の登録:
- 会社名、所在地、代表者名、設立年月日、事業年度(期首から期末まで)、法人番号などを正確に入力します。税務申告に関わる重要な情報です。
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期首残高の入力:
- 設立初年度の場合は、設立時の貸借対照表に基づいて、期首(設立日)の資産(現金、預金、売掛金など)、負債(買掛金、借入金など)、純資産(資本金など)の残高を入力します。
- 個人事業から法人成りした場合は、個人事業廃業時の貸借対照表の金額を、法人の期首残高として入力します。この際、「元入金」に相当する金額は「資本金」や「資本準備金」などとして入力することになります。
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勘定科目の設定:
- 個人事業で使っていた勘定科目とは別に、法人特有の勘定科目(例: 役員報酬、法人税等、租税公課のうち法人に関わるもの)が自動で登録されているか確認します。
- 自社の事業内容に合わせて、必要に応じて勘定科目を追加したり、使わない科目を非表示にしたりして、分かりやすい科目体系に整理します。
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銀行口座・クレジットカードの連携設定:
- 開設した法人口座や事業用クレジットカードを会計ソフトに連携させます。これにより、取引明細を自動で取り込み、仕訳入力の手間を大幅に削減できます。
- 個人事業から引き継いだ事業用口座やカードも、可能であれば連携設定を行います。
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消費税の設定:
- 自社が消費税の「免税事業者」か「課税事業者」かを設定します。課税事業者の場合は、消費税の計算方法(「本則課税」または「簡易課税」)も設定が必要です。設立初年度は多くの場合免税事業者ですが、特定期間の売上や資本金の額によっては1期目から課税事業者となるケースや、インボイス発行事業者として登録した場合は免税事業者でも課税仕入れの処理で注意が必要な場合があります。税理士などの専門家と相談しながら正確に設定してください。
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役員報酬の設定:
- 毎月定額で支払う役員報酬について、給与計算機能や連携機能を使う場合は設定を行います。役員報酬は原則として毎月同額である必要があり、期中に金額を変更するには株主総会などの手続きが必要です。源泉徴収税額の計算もここで行います。
これらの初期設定は、一度行えば会計期間中は原則として変更がありません。不明な点があれば、ソフトのサポートセンターや税理士に相談しながら、正確に行うようにしましょう。
会計ソフトを使いこなすためのヒント
会計ソフトを導入し、初期設定が完了したら、日々の経理業務で活用していきます。
- こまめな記帳: 取引が発生したらできるだけ早く記帳を行う習慣をつけましょう。まとめて入力しようとすると忘れてしまったり、証憑が見つからなくなったりするリスクがあります。
- 証憑の保管: レシート、領収書、請求書、通帳コピーなどの証憑は、必ず整理して保管しておきましょう。税務調査などで提示を求められる場合があります。電子帳簿保存法の要件を満たせば、電子データでの保管も可能です。
- 自動連携機能の活用: 銀行口座やクレジットカードの自動連携機能は積極的に活用しましょう。取り込んだ明細を元に、勘定科目などを確認して仕訳を確定させる作業は、手入力に比べて格段に効率的です。
- 定期的な試算表確認: 月に一度など、定期的に会計ソフトで作成される試算表(収益、費用、資産、負債などの残高一覧)を確認しましょう。売上の計上漏れや、不審な支出がないかなどに気づくことができます。
まとめ:会計ソフトは法人経理の強い味方
個人事業から法人化するにあたり、経理業務は質的にも量的にも変化します。会計ソフトは、これらの変化に対応し、日々の記帳から複雑な税務申告までをサポートしてくれる、法人経理の強い味方です。
自社の状況に合った会計ソフトを慎重に選び、設立時の期首残高入力や消費税の設定など、初期設定を丁寧に行うことで、その後の経理業務の負担を大幅に軽減できます。個人事業での経験を活かしつつ、法人ならではのルールや会計ソフトの使い方を学び、スムーズな経理体制を築きましょう。もし不安な点があれば、早い段階で税理士などの専門家に相談することも検討してください。