はじめての法人青色申告:個人事業経験者が知っておきたいこと
はじめに:法人化で変わる税務申告、青色申告は法人でもある?
個人事業主として事業を営んでこられた方の中には、確定申告で青色申告を選択し、様々な税制上のメリットを享受されてきた方もいらっしゃるのではないでしょうか。法人化を検討・実行された際、気になることの一つに「法人でも青色申告は可能なのだろうか」「個人事業の青色申告との違いは何だろうか」という疑問があるかと思います。
法人化後も、青色申告の制度は存在します。個人事業と同様に、適切な帳簿を作成し、申告手続きを行うことで、法人税などの税金に関して有利な取り扱いを受けることができます。
この記事では、初めて法人経理に取り組む方が知っておくべき、法人における青色申告制度について、その概要、主なメリット、そして個人事業の青色申告との違いや必要な手続きを分かりやすく解説します。
法人における青色申告制度の概要
法人税の申告制度には、大きく分けて「青色申告」と「白色申告」があります。個人事業の場合と同様に、法人も一定の要件を満たして申請を行うことで、青色申告を選択することができます。
青色申告を選択した法人は、税法で定められた様々な特典や優遇措置を受けることができます。これらの特典を受けるためには、後述する要件を満たし、正確な記帳を行い、期限内に申告書を提出することが必要です。
白色申告は、青色申告に比べて記帳義務は簡易的ですが、税制上の優遇措置はほとんどありません。一般的に、法人を設立する際には、青色申告を選択することが税負担を軽減する上で有利となります。
法人青色申告の主なメリット
法人で青色申告を選択することで得られる主なメリットはいくつかあります。個人事業の青色申告とは異なる点もありますので、確認しておきましょう。
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欠損金の繰越控除・繰戻還付 事業で赤字(税務上の「欠損金」といいます)が発生した場合、その欠損金を翌期以降に繰り越して、将来の黒字から差し引くことができる制度です。法人では、この繰越控除を原則として最長10年間(開始事業年度により異なります)行うことができます。 また、一定の要件を満たす場合は、前期に納めた法人税について、当期の欠損金を繰り戻して還付を受ける「欠損金の繰戻還付」という制度も利用可能です。これは、前期が黒字で税金を納めている場合に有効な制度です。個人事業の青色申告では、欠損金の繰越は原則3年、繰戻還付は限定的(特定の年のみ適用可など時期による)である場合が多いですが、法人は制度としてより長期かつ柔軟に利用できます。
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特定の設備投資に係る特別償却または税額控除 青色申告法人に対して、一定の要件を満たす機械装置や建物附属設備など、特定の設備投資を行った場合に、通常の減価償却費に加えて特別償却(初期に多額の償却費を計上できる)を適用できたり、取得価額の一部を税額から直接差し引く税額控除を適用できたりする制度があります。これにより、設備投資を行った年度の税負担を軽減することが期待できます。
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その他 上記以外にも、以下のような優遇措置があります。
- 役員給与に関する規定の適用(適正に支給された役員報酬は損金となります)
- 受取配当等の益金不算入(他の法人から受け取った配当金の一部または全部を収益から除外できる)
- 貸倒引当金の計上(将来の貸倒れに備えて一定額を費用として計上できる)
- 試験研究費の税額控除(研究開発に要した費用の一部を税額から直接差し引ける)
個人事業の青色申告でも特別償却や税額控除はありますが、対象となる設備や要件が異なる場合があります。また、法人の青色申告には、個人事業にはない独自の優遇措置(受取配当等の益金不算入など)が存在します。
法人青色申告を行うための要件と手続き
法人で青色申告の適用を受けるためには、以下の要件を満たし、必要な手続きを行う必要があります。
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届出書の提出 青色申告の承認を受けるためには、設立の日以後3ヶ月以内、または設立事業年度終了の日のいずれか早い日までに、納税地の所轄税務署長に対して「青色申告の承認申請書」を提出する必要があります。この期限を過ぎてしまうと、その事業年度は青色申告の適用を受けることができず、白色申告となりますので注意が必要です。個人事業の場合は開業日から2ヶ月以内でしたので、法人とは期限が異なります。
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正規の簿記の原則に従った記帳 青色申告の適用を受けるためには、税法で定められた「正規の簿記の原則」に従って日々の取引を記帳する必要があります。これは一般的に「複式簿記」と呼ばれる記帳方法です。複式簿記では、一つの取引を二つ以上の勘定科目に分けて記録し、貸借対照表と損益計算書を作成できる形式で帳簿を作成します。個人事業の青色申告(特に65万円控除)でも複式簿記が求められますが、法人経理は個人事業よりも取引の種類や複雑さが増すことが多いため、より正確かつ継続的な記帳が重要になります。
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貸借対照表と損益計算書の作成 正規の簿記の原則に従って記帳された帳簿をもとに、事業年度末には会社の財政状態を示す「貸借対照表」と、経営成績を示す「損益計算書」を作成する必要があります。これらの書類は、法人税の確定申告書に添付して提出します。
個人事業の青色申告と法人の青色申告の比較
個人事業から法人化された方が特に気になるのは、両者の違いでしょう。主な違いを以下にまとめます。
| 項目 | 個人事業の青色申告(65万円控除) | 法人の青色申告 | | :----------------- | :------------------------------------------------------------- | :----------------------------------------------------- | | 適用税法 | 所得税法 | 法人税法 | | 帳簿要件 | 正規の簿記(複式簿記) | 正規の簿記(複式簿記) | | 最大控除額 | 青色申告特別控除 最大65万円 (条件あり) | 特定の制度適用による税額控除・特別償却など。一律の所得控除額はありません。 | | 欠損金の繰越期間 | 原則3年間 | 原則10年間(開始事業年度により異なる) | | 欠損金の繰戻還付 | 限定的(特定の年のみ適用可など) | 一定の要件を満たせば可能 | | 申請書の名称 | 青色申告承認申請書 | 青色申告の承認申請書 | | 申請書の提出期限 | 開業日から2ヶ月以内 | 設立の日以後3ヶ月以内、または設立事業年度終了の日のいずれか早い日 | | 作成する決算書類 | 貸借対照表、損益計算書、製造原価報告書(該当する場合)など | 貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表など |
ご覧の通り、帳簿の要件や基本的な考え方には共通点がありますが、税制上の特典の内容や適用期間、手続きの期限などに違いがあります。特に、個人事業の青色申告における「青色申告特別控除65万円」のような一律の所得控除は、法人の青色申告にはありません。法人の青色申告のメリットは、主に事業活動に伴う損金算入や税額控除、欠損金の長期繰越といった点にあります。
制度を利用する上での注意点
- 期限内の申請: 何よりも重要なのは、設立後、期限内に「青色申告の承認申請書」を提出することです。提出が遅れると、その事業年度は青色申告のメリットを受けられません。
- 正確な記帳: 青色申告法人には、正規の簿記(複式簿記)による記帳義務があります。日々の取引を正確に、漏れなく記帳することが税務調査などへの対応のためにも不可欠です。会計ソフトなどを活用し、効率的かつ正確な記帳体制を構築しましょう。
- 税制改正の確認: 税制は改正されることがあります。青色申告に関する優遇措置の内容や要件が変更される可能性もあるため、常に最新の情報を確認するようにしましょう。
まとめ:法人青色申告を有効活用するために
法人を設立した際、青色申告を選択し、要件を満たすことは、税負担の軽減や資金繰りの改善に繋がる多くのメリットを享受するために非常に重要です。個人事業での青色申告の経験がある方でも、法人ならではの制度や手続きの違いがありますので、十分に理解しておく必要があります。
特に、設立後速やかに青色申告の承認申請書を提出すること、そして日々の取引を正確に複式簿記で記帳することが、法人青色申告のメリットを最大限に活かすための第一歩となります。
初めての法人経理では戸惑うことも多いかと存じますが、一つずつ正確な知識を身につけ、適切に対応していくことが、会社の健全な成長に繋がります。この記事が、皆様の法人青色申告への理解の一助となれば幸いです。