はじめての法人経理年間ガイド:設立から最初の税金納付までの流れ
はじめに
法人を設立された起業家の皆様、おめでとうございます。個人事業から法人化された方、あるいは初めて法人を設立された方にとって、法人経理は未知の領域と感じられるかもしれません。個人事業の場合、確定申告を年に一度行えば良いと考える方が多いですが、法人では年間を通じて様々な手続きや税金納付が必要です。特に設立初年度は、その流れを把握することが非常に重要となります。
この記事では、法人設立から最初の事業年度終了、そして税金納付に至るまでの一般的な経理の年間スケジュールと、それぞれの時期に何をすべきかについて、初めて法人経理に触れる方向けに分かりやすく解説いたします。個人事業の経験がある方に向けては、その違いにも触れながら進めます。
法人設立から最初の税金納付までの大まかな流れ
法人の経理は、個人事業の確定申告のように単発で行うものではなく、事業年度という期間を区切り、その期間の活動を記録・集計し、税金を計算・納付するという流れが年間を通じて行われます。
主なイベントとしては、以下の時期に重要な手続きが発生します。
- 法人設立直後: 法人口座開設、会計ソフト導入、税務署等への各種届出、役員報酬の設定など、事業を開始するための土台作りを行います。
- 事業年度中(毎月・四半期・随時): 日々の経理処理(仕訳、経費精算)、給与計算と源泉徴収、社会保険料の納付、源泉所得税の納付(納期特例の利用有無による)などを行います。
- 事業年度終了: 期末整理を行い、その事業年度の経営成績や財政状態を確定させます(決算)。
- 事業年度終了後〜申告・納付期限: 決算に基づき、法人税、法人住民税、法人事業税などの税額を計算し、税務署等へ申告・納付を行います。消費税の納税義務がある場合は、消費税の申告・納付も行います。
では、これらの期間において、具体的にどのような経理処理や手続きが必要になるのか、順を追って見ていきましょう。
1. 法人設立直後(事業開始準備期間)
法人設立手続きが完了したら、事業を本格的に動かすための経理準備が必要です。
法人口座の開設
法人設立後にまず行うべき重要な手続きの一つが、法人口座の開設です。事業の取引は、原則としてこの法人口座を通じて行うことになります。個人事業の場合、屋号付きの個人口座や、個人口座を事業用とプライベート用で使い分けることが一般的ですが、法人では事業と個人の資金を完全に分離することが求められます。これにより、会社の財産と経営者個人の財産が明確になり、経理処理がしやすくなるだけでなく、対外的信用も向上します。
- ポイント: 法人口座開設には時間がかかる場合がありますので、早めに手続きを開始することをお勧めします。また、金融機関によって開設の条件や必要書類が異なりますので、事前に確認が必要です。
会計ソフトの導入と初期設定
日々の取引を記録し、決算書を作成するためには、会計ソフトの導入が不可欠です。個人事業で使用していた会計ソフトの法人版を利用するか、新たに法人向けの会計ソフトを選びます。
- ポイント: 事業規模や業種、経理の知識レベルに合わせて、使いやすくサポート体制の整ったソフトを選ぶことが重要です。初期設定として、会社の基本情報、事業年度、勘定科目などを設定します。勘定科目とは、取引の内容を分類するための見出しのようなもので、例えば売上、仕入、旅費交通費、通信費などがあります。
税務署等への各種届出
法人設立後、税務署、都道府県税事務所、市町村役場に法人設立届出書などを提出する必要があります。その他、青色申告の承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書、源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書など、提出が必要な書類がいくつかあります。これらの届出は、税務上の優遇措置を受けるためや、義務を果たすために重要です。
- ポイント: 届出には提出期限が定められているものがあります。税理士に依頼している場合は対応してもらえますが、ご自身で行う場合は提出漏れがないよう注意が必要です。
役員報酬の設定と源泉徴収の開始
法人化した場合、経営者(代表取締役など)は会社から役員報酬という形で給与を受け取ります。個人事業における事業主報酬のような概念とは異なり、役員報酬は会社の経費となりますが、原則として事業年度開始から3ヶ月以内に金額を決定し、その後1年間はその金額を継続する必要があります(特別な理由がない限り)。
また、役員報酬や従業員への給与を支払う際には、所得税や住民税(前年の所得に対するもの)などを天引きする必要があります。これを源泉徴収といいます。源泉徴収した所得税は、原則として給与などを支払った月の翌月10日までに税務署に納付しなければなりません。ただし、給与の支給人員が常時10人未満の事業所は、「源泉所得税の納期の特例」を申請し承認を受けることで、納付を年2回(1月と7月)にまとめることができます。
- ポイント: 役員報酬の金額は、会社の利益状況や今後の事業計画、経営者自身の生活費などを考慮して慎重に決定する必要があります。一度決めたら原則変更できないため、設立初年度は特に迷う点かもしれません。源泉徴収は法人の義務であり、怠るとペナルティの対象となります。
2. 事業年度中(日々の経理と月次・四半期の確認)
事業が開始したら、日々の取引を正確に記録し、定期的に状況を確認することが重要です。
日々の経理処理(仕訳、経費精算)
事業活動で発生する全ての取引(売上、仕入、経費の支払い、入金、出金など)を会計ソフトに入力し、仕訳として記録します。仕訳とは、取引を「借方」と「貸方」に分けて記録する簿記の基本的な方法です。
- 例:消耗品10,000円を現金で支払った場合
- 借方:消耗品費 10,000円
- 貸方:現金 10,000円
経費精算も定期的に行います。従業員や役員が会社の業務のために立て替えた費用を会社が支払う場合、その立替経費の精算も経理処理の一部です。法人口座から立替者に送金するなどの方法が考えられます。
- ポイント: 個人事業の時よりも、一つ一つの取引を会社の活動として客観的に記録する必要があります。領収書や請求書などの証憑書類は、税務調査などで必要となるため、種類ごとに整理し、決められた期間(原則7年間)保管しておく必要があります。
月次・四半期ごとの確認
月に一度、または四半期に一度は、会計ソフトに入力されたデータをもとに、試算表(ある時点での資産、負債、純資産、収益、費用の一覧)を作成し、経営状況を確認することをお勧めします。売上の推移、費用の発生状況などを把握することで、早期に問題点を発見したり、今後の事業計画を立てる上で役立ちます。
- ポイント: 定期的な確認は、決算間際になって慌てないためにも、また、税金対策を検討する上でも有効です。
源泉所得税の納付(納期特例利用者)
源泉所得税の納期の特例の承認を受けている場合は、1月から6月までに源泉徴収した所得税を7月10日までに、7月から12月までに源泉徴収した所得税を翌年1月10日までにまとめて納付します。
消費税の考慮(設立初年度は免税事業者が多い)
法人設立1期目、2期目は、原則として消費税の納税義務はありません(基準期間における課税売上高が1,000万円以下などの条件を満たす場合)。しかし、特定期間(前事業年度開始の日以後6ヶ月の期間)の課税売上高等が1,000万円を超える場合や、意図的に課税事業者を選択した場合などは、設立2期目から納税義務が発生することがあります。また、インボイス制度の開始に伴い、取引先の関係で課税事業者を選択するケースも増えています。ご自身の状況がどうなるか、あらかじめ把握しておくことが大切です。
- ポイント: 消費税の計算や申告は専門知識が必要です。納税義務が発生するかどうか、いつから発生するかを正しく理解し、必要に応じて税理士に相談しましょう。
3. 事業年度終了(決算整理)
事業年度の最終日(決算日)を迎えると、その年度の成績を確定させるための「決算整理」という作業を行います。
- 主な決算整理の例:
- 売上や費用で、まだ入金や支払いが済んでいないものの、その事業年度に属するものを計上する(売掛金、買掛金など)。
- 在庫(棚卸資産)の評価。
- 固定資産の減価償却費の計算。
- 未払費用や前払費用などの計上。
- 役員賞与の計上(株主総会の決議が必要な場合など)。
個人事業の確定申告における青色申告決算書の作成と似ている部分もありますが、法人ではより詳細な会計処理が求められます。貸借対照表(決算日時点での会社の財産状態)と損益計算書(事業年度の収益と費用、利益)を作成することが主な目的となります。
- ポイント: 決算整理は専門的な知識が必要な部分が多く、税額計算にも大きく影響します。会計ソフトの機能を活用するか、税理士のサポートを得て正確に行うことが重要です。
4. 事業年度終了後〜申告・納付期限(税金計算と手続き)
決算が確定したら、その情報をもとに法人にかかる各種税金を計算し、税務署等に申告・納付を行います。
法人税、法人住民税、法人事業税の申告・納付
法人の主な税金である法人税、法人住民税、法人事業税は、原則として事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内に、所轄の税務署、都道府県税事務所、市町村役場に申告書を提出し、税金を納付する必要があります。
- 法人税: 国税。法人の所得に対して課税されます。
- 法人住民税: 地方税(都道府県民税、市町村民税)。法人の所得や資本等の金額に応じて課税されます。所得がない赤字の場合でも、均等割という最低限の税額が発生します。
- 法人事業税: 地方税(都道府県税)。事業の種類や所得に応じて課税されます。
これらの税額計算は非常に複雑であり、法人税申告書を作成するには専門的な知識が必須となります。
- ポイント: 設立初年度の税金は、事業年度の利益によって大きく変動します。期限内に正確な申告と納付を行うことが重要です。税理士に申告書の作成を依頼することが一般的です。
消費税の申告・納付(納税義務がある場合)
消費税の納税義務がある場合は、法人税などと同様に、原則として事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内に税務署に申告・納付を行います。消費税の計算方法には原則課税と簡易課税があり、どちらを選択するかによって経理処理も異なります。
- ポイント: 消費税の計算も専門知識が必要です。簡易課税制度を利用するには、事前に届出が必要です。ご自身の事業にとってどちらが有利か、またはそもそも納税義務が発生するかを、税理士に確認することをお勧めします。
まとめ
法人設立から最初の税金納付までの1年間は、個人事業とは異なる経理処理や手続きが多く、戸惑うことも少なくないでしょう。年間を通じて必要な手続きを把握し、計画的に進めることが、円滑な法人運営には不可欠です。
- 法人設立直後: 法人口座開設、会計ソフト導入、各種届出、役員報酬設定と源泉徴収開始。
- 事業年度中: 日々の仕訳・経費精算、証憑書類保管、定期的な経営状況確認、源泉所得税納付(納期特例)。
- 事業年度終了: 決算整理(在庫、減価償却、未払費用など)。
- 事業年度終了後〜申告・納付: 法人税、法人住民税、法人事業税、消費税の申告と納付。
これらの手続きを適切に行うためには、会計・税務に関する正確な知識が必要です。ご自身で全て行うのが難しいと感じる場合は、税理士などの専門家のサポートを受けることを検討してみてください。正確な経理処理は、会社の信頼性を高め、健全な事業継続の基盤となります。
設立初年度は特に、不明な点が多く出てくる時期です。この記事が、皆様の最初の法人経理の道のりの一助となれば幸いです。