はじめての法人源泉徴収:計算・納付書の書き方・提出方法ガイド
はじめに:法人における源泉徴収義務とは
個人事業主として活動されてきた方が法人を設立された際、経理や税務において様々な違いに直面することになります。その中でも、特に戸惑うことが多い手続きの一つに「源泉徴収」が挙げられます。
個人事業主の場合、ご自身の事業所得に対して源泉徴収は行われませんでした。しかし、法人の場合、たとえ一人社長であっても、ご自身が受け取る「役員報酬」は原則として源泉徴収の対象となります。さらに、従業員を雇用した場合の給与や、特定の外部専門家へ支払う報酬なども源泉徴収の対象です。
源泉徴収とは、所得を支払う側(この場合は法人)が、所得を受け取る側(役員や従業員、外部専門家など)からあらかじめ所得税などを差し引いて、代わりに国へ納める制度です。法人には、この源泉徴収を行う義務が発生します。
この記事では、初めて法人として源泉徴収を行う方が、対象となる所得、税額の計算方法、そして最も重要な「税務署への納付手続き」について、具体的な方法や注意点を含めてご理解いただけるよう解説いたします。
法人で源泉徴収が必要となる対象
法人が源泉徴収を行う必要がある主な所得には、以下のものが挙げられます。
- 役員報酬や従業員に支払う給与、賞与: 最も一般的で重要な対象です。法人の代表者である社長が受け取る役員報酬もこれに含まれます。
- 税理士や弁護士など専門家へ支払う報酬: 一定の範囲の士業やデザイナー、原稿料などに対して支払う報酬も源泉徴収の対象となる場合があります。
- 原稿料や講演料: 個人に支払う場合に対象となることがあります。
- 不動産の賃料: 個人に支払う不動産の賃料も原則として源泉徴収の対象ですが、事業として借りている場合など、対象とならないケースもあります。
個人事業主として事業を行っていた際には、ご自身の所得には源泉徴収の概念はありませんでした。しかし、法人という「別人格」から「役員報酬」や「給与」という形で所得を受け取るため、源泉徴収の対象となるという点を理解することが重要です。
源泉徴収税額の計算方法
源泉徴収する税額は、支払いの種類によって計算方法が異なります。
1. 役員報酬や従業員給与の場合
役員報酬や給与にかかる源泉徴収税額は、「給与所得の源泉徴収税額表」を使って計算します。この税額表は国税庁のウェブサイトなどで確認できます。
税額表には、「月額表」と「日額表」などがありますが、通常、月給制の場合は月額表を使用します。さらに、税額表の中には「甲欄」と「乙欄」があります。
- 甲欄: 「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出している場合に適用します。通常、主たる給与の支払者に対して提出するため、多くの従業員や、他の会社から給与を受け取っていない場合の役員報酬に適用されます。
- 乙欄: 「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出していない場合に適用します。副業として他の会社から給与を受け取っている場合や、短期のアルバイトなどに適用されることがあります。
役員報酬のみを受け取っている一人社長の場合は、通常「扶養控除等申告書」を提出するため、甲欄を適用して税額を計算します。
具体的な計算は、支払う役員報酬や給与の金額(社会保険料控除後の金額)と扶養親族等の人数を確認し、税額表の該当箇所を参照して行います。
2. 外部専門家等への報酬の場合
税理士、弁護士、司法書士など特定の専門家や、デザイナー、ライターなど特定の種類の報酬に対しては、原則として支払金額に対して一定の税率を乗じて源泉徴収税額を計算します。
一般的な税率は以下の通りです。
- 税理士、弁護士、司法書士、行政書士など特定の資格を持つ方への報酬・料金: 支払金額(100万円以下の部分)に対して10.21%
- 原稿料、講演料、デザイン料: 支払金額に対して10.21%
ただし、法人に対してこれらの報酬を支払う場合は、原則として源泉徴収は不要です。源泉徴収が必要となるのは、原則として「個人」に対してこれらの報酬を支払う場合です。
源泉徴収した税金の納付手続き
源泉徴収した所得税などは、定められた期限までに税務署へ納付する必要があります。この手続きは法人として新たに行う重要な実務です。
1. 納付期限
原則として、源泉徴収した月の翌月10日が納付期限です。 例えば、4月に支払った役員報酬や給与から源泉徴収した税金は、5月10日までに納付する必要があります。
2. 納期の特例
給与の支払いを受ける人が常時10人未満である場合は、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を税務署に提出して承認を受けることで、年2回まとめて納付することができます。
- 1月から6月までに源泉徴収した税金 → 7月10日までに納付
- 7月から12月までに源泉徴収した税金 → 翌年1月20日までに納付(例外的に1月20日)
この特例を受けると、毎月の納付事務の負担を軽減できます。設立直後で従業員が少ない場合や、役員報酬のみを支払う一人社長の場合などは、申請を検討すると良いでしょう。
3. 納付書の書き方
源泉徴収した税金を納付する際には、「所得税徴収高計算書」(一般的には「納付書」と呼ばれます)を使用します。この納付書にはいくつかの種類がありますが、給与や役員報酬に係る所得税を納付する場合は、「給与所得・退職所得等の所得税徴収高計算書」を使用します。
納付書には、法人の名称、所在地、税務署名、納付年月、徴収年月、支払金額、源泉徴収税額などを正確に記入する必要があります。特に、徴収年月は、税金を差し引いた月を記入する欄であり、納付年月は、実際に納付する月を記入する欄であるため、間違いのないように注意が必要です。納期の特例を受けている場合は、徴収年月の欄に「1月〜6月分」「7月〜12月分」などと記入します。
納付書は税務署や金融機関の窓口で入手できますが、税務署のウェブサイトからダウンロードして印刷することも可能です。
4. 納付方法
納付書を作成したら、以下のいずれかの方法で納付します。
- 金融機関の窓口: 納付書と納付する税額を金融機関(銀行、信用金庫、郵便局など)の窓口に持参して支払います。
- e-Tax: 国税電子申告・納税システムであるe-Taxを利用して、インターネットバンキングやクレジットカードなどで電子的に納付できます。納付書を記載する手間がなくなり、自宅やオフィスから手続きできるため便利です。
- 振替納税: 税務署にあらかじめ届出をしておくことで、指定の銀行口座から自動的に引き落としで納付する方法です。納期の特例を受けている場合に利用できます。
源泉徴収に関する注意点
- 納付遅延によるペナルティ: 納付期限までに源泉徴収した税金を納付しないと、「不納付加算税」や「延滞税」といったペナルティが課される場合があります。納付期限を厳守することが非常に重要です。
- 年末調整: 役員や従業員に給与や役員報酬を支払っている法人は、原則として年末調整を行う義務があります。年末調整は、1月1日から12月31日までの1年間に支払った給与等について源泉徴収した税額の合計と、本来年間の所得に対して納めるべき税額を計算し、差額を精算する手続きです。
- 会計ソフトの活用: 多くの会計ソフトには、給与計算や源泉徴収税額の自動計算機能が備わっています。また、納付書作成をサポートする機能や、e-Tax連携機能を備えているソフトもあります。これらの機能を活用することで、計算ミスを防ぎ、納付手続きの負担を軽減できます。
まとめ
法人として初めて源泉徴収を行う際には、個人事業主時代との違いに戸惑うこともあるかもしれません。しかし、役員報酬を含む給与等からの源泉徴収は、法人に課される重要な義務の一つです。
この記事では、源泉徴収の対象となる所得、税額の計算方法、そして納付書を使った具体的な納付手続きについて解説いたしました。特に、原則として毎月発生する納付義務と、それを年2回にまとめられる「納期の特例」は、設立直後の実務負担に大きく影響します。
これらの基本的な知識と手続きを理解し、正確に実行することが、法人としての経理・税務を適切に行うための第一歩となります。必要に応じて税理士などの専門家のアドバイスを求めることも検討しながら、一つずつ正確に進めていきましょう。