法人設立後、まず知っておくべきお金の流れと会計ソフトでの最初の仕訳入力
はじめに
法人設立おめでとうございます。個人事業として事業を続けてこられた方が、法人化された際には、経理処理に様々な違いがあることに戸惑われるかもしれません。特に「お金の流れ」と、そのお金の動きを「どのように帳簿に記録するか（仕訳）」は、法人経理の最初の大きなステップとなります。
この記事では、個人事業の経験がある方向けに、法人設立後、最初にお金が動いたときにそれがどういう意味を持ち、会計ソフトにはどのように入力すれば良いのかを、具体的な取引例に沿って解説します。法人の経理の基本ルールとお金の流れを理解し、正確な仕訳入力の第一歩を踏み出すためのガイドとしてご活用ください。
法人の経理で「お金の区別」が重要な理由
個人事業では、事業主と事業は税法上は同一とみなされるため、事業用のお金と個人のお金が同じ口座内で管理されていることも少なくありませんでした。しかし、法人は法律上、経営者であるあなたとは別の「法人格」という存在です。これは、会社自身が経済活動を行い、資産を持ち、負債を負う主体であることを意味します。
そのため、会社のお金（法人の資金）と経営者個人のお金（個人の資金）は、完全に区別して管理する必要があります。会計上も税務上もこの分離は厳密に求められ、会社の利益や財産を正しく計算するための基本となります。法人口座の開設は、このお金の分離を明確にするための重要な第一歩です。
法人口座開設後の基本的ルール
法人口座を開設したら、原則として事業に関するお金の動きはすべて法人口座を通じて行うようにします。
- 収入: 売上金などの事業収入は、必ず法人口座に入金します。
- 支出: 経費や仕入れなどの事業に関する支払いは、原則として法人口座から行います。
一時的に個人の資金で会社の経費を立て替えたり、会社の資金を役員報酬として個人に移したりすることはありますが、これらのお金の移動も明確なルールに基づいて行い、会計ソフトに正確に記録することが重要です。個人口座を事業活動に直接使用することは、法人の経理としては適切ではありません。
会計ソフト入力の準備：勘定科目の確認
会計ソフトに日々の取引を入力する前に、基本的な勘定科目を確認しておきましょう。個人事業で使用していた「売上高」「仕入高」「消耗品費」「通信費」「地代家賃」といった勘定科目は、法人でも同様に使用できます。
しかし、法人特有の勘定科目もいくつかあります。特に、個人事業の「事業主貸」「事業主借」「元入金」といった科目は法人には存在せず、別の科目に置き換わります。最初によく使う法人特有の勘定科目には以下のようなものがあります。
- 資本金（しほんきん）: 会社設立時に出資されたお金。個人事業の元入金に相当する部分ですが、性格が異なります。
- 役員報酬（やくいんほうしゅう）: 役員（社長など）に支払われる給与。会社の経費となります。個人事業にはない概念です。
- 役員貸付金（やくいんかしつけきん）: 会社が役員個人にお金を貸し付けた状態。会社にとっては資産です。個人事業の事業主貸に似ていますが、これは会社が個人に返済を求める権利を持つ「債権」です。
- 役員借入金（やくいんかりいれきん）: 役員個人が会社にお金を貸し付けた状態。会社にとっては負債です。個人事業の事業主借に似ていますが、これは会社が個人に返済する義務を負う「債務」です。
- 未払金（みばらいきん）: 商品やサービスの購入などで、支払いがまだ済んでいない費用。設立費用などを個人が立て替えた場合にも使用することがあります。
- 創立費（そうりつひ）/開業費（かいぎょうひ）: 会社設立にかかった費用や、開業準備にかかった費用。会計処理上は資産として計上し、償却することも可能です。
これらの勘定科目を理解することが、法人のお金の流れを正しく記録するための第一歩です。
法人設立後の最初のお金の流れと会計ソフトでの仕訳例
法人設立後、最初によく発生するお金の動きと、それに対応する会計ソフトでの基本的な仕訳入力例をいくつかご紹介します。勘定科目は一般的な例です。
1. 資本金の払い込み
法人設立手続きにおいて、発起人（あなたなど）の個人口座から指定口座へ資本金を払い込みます。その後、法人口座が開設されたら、この資金を法人口座へ移動させます。
取引のイメージ: * 個人口座から発起人代表の個人口座へ資本金が振り込まれている状態（設立手続きのため）。 * 法人口座開設後、発起人代表の個人口座から法人口座へ資金を移動させる。
会計ソフトでの仕訳例（法人口座への入金時）:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :---------- | :----- | :------ | :----- | | 普通預金 | xxx | 資本金 | xxx |
解説: 法人口座に会社の元手となる資金（資本金）が入金されたことを示します。個人事業の「元入金」とは性質が異なり、法人の自己資本の基礎となります。
2. 設立費用・開業費の支払い（発起人による立替と精算）
会社設立にかかった費用（登記費用、印紙代など）や、開業準備にかかった費用は、設立前に発起人である個人が立て替えていることがよくあります。会社が成立したら、これらの費用を会社の資金（法人口座）から個人に精算（返金）します。
取引のイメージ: * 設立前に個人が費用を立て替えている。 * 会社成立後、法人口座から個人の口座へ立て替えてもらった費用分を振り込む。
会計ソフトでの仕訳例（費用発生時または会社が債務を認識した時）:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :----------- | :----- | :------ | :----- | | 創立費 or 開業費 | xxx | 未払金 | xxx |
会計ソフトでの仕訳例（会社が個人に精算した時）:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :------ | :----- | :------- | :----- | | 未払金 | xxx | 普通預金 | xxx |
解説: まず、会社が設立・開業のために費用を負担し、それが個人への「未払金」として計上されます。その後、実際に法人口座から個人へ支払うことで未払金が消滅し、普通預金が減少します。個人事業では「事業主貸」で処理されていたようなお金の流れですが、法人では「未払金」という会社の負債として処理します。
3. 売上入金
事業活動によって得た売上が、取引先から法人口座へ振り込まれます。
取引のイメージ: * 商品やサービスを提供し、請求書を発行している。 * 取引先から法人口座へ売上金が振り込まれる。
会計ソフトでの仕訳例:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :------- | :----- | :------ | :----- | | 普通預金 | xxx | 売上高 | xxx |
解説: これは個人事業の経理と大きく変わらない基本的な仕訳です。法人口座への入金であることを確認して入力します。
4. 経費支払い（法人口座から）
事業運営に必要な経費（家賃、通信費、消耗品など）を、法人口座から支払います。
取引のイメージ: * 事務所家賃、サーバー代、文房具代などの請求が届く。 * 法人口座から引き落としや振込で支払う。
会計ソフトでの仕訳例（例：消耗品費）:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :------- | :----- | :------- | :----- | | 消耗品費 | xxx | 普通預金 | xxx |
解説: 支払った経費の勘定科目（地代家賃、通信費など）を借方に、法人口座からの出金なので普通預金を貸方に入力します。これも個人事業の経費処理に似ていますが、支払元が法人口座であることがポイントです。
5. 経費支払い（個人口座からの立替）
やむを得ず、会社の経費を一時的に役員個人のクレジットカードや現金で支払った場合です。後で会社が役員に精算します。
取引のイメージ: * 会社の備品を個人のクレジットカードで購入した。 * 後日、会社が法人口座から個人の口座へ立て替えてもらった費用分を精算する。
会計ソフトでの仕訳例（費用発生時）:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :------- | :----- | :---------- | :----- | | 消耗品費 | xxx | 役員借入金* | xxx |
会計ソフトでの仕訳例（会社が個人に精算した時）:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :----------- | :----- | :------- | :----- | | 役員借入金* | xxx | 普通預金 | xxx |
*未払金とする場合もありますが、役員による立替の場合は役員借入金とするのが一般的です。会計方針によって使い分けることもあります。
解説: 役員が会社の経費を立て替えることは、役員が会社にお金を貸し付けた状態とみなされます。そのため、費用発生時に「役員借入金」として会社の負債を計上します。会社が役員に精算することで、役員借入金が減少し、法人口座（普通預金）が減少します。個人事業の「事業主借」とは、会社と個人の関係性が異なるため、使う勘定科目も異なります。
6. 役員報酬の支払い
役員報酬として定めた金額を、毎月、法人口座から役員個人の口座へ振り込みます。
取引のイメージ: * 役員報酬として月額〇〇万円を定めている。 * 毎月〇〇日、法人口座から個人の口座へ振り込む。
会計ソフトでの仕訳例:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :------- | :----- | :------- | :----- | | 役員報酬 | xxx | 普通預金 | xxx |
解説: 役員報酬は会社の費用となるため借方に「役員報酬」を、法人口座からの出金のため貸方に「普通預金」を入力します。役員報酬からは所得税や住民税、社会保険料などの源泉徴収が発生する場合があり、その場合はさらに源泉所得税預かり金などの勘定科目も関わってきますが、最初の基本的な仕訳としてはこのように記帳します。源泉徴収の処理については、改めて別の機会に詳しく解説いたします。
7. 個人の資金を事業に一時的に貸し付けた場合
会社の資金が一時的に不足し、役員個人の貯金から法人口座へ資金を移動させた場合です。
取引のイメージ: * 法人口座の残高が減り、支払いが難しくなりそう。 * 個人の口座から法人口座へ資金を振り込む。
会計ソフトでの仕訳例:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :------- | :----- | :---------- | :----- | | 普通預金 | xxx | 役員借入金 | xxx |
解説: これは、役員（個人）が会社にお金を貸し付けた状態です。会社にとっては将来個人に返す必要がある「負債」となるため、「役員借入金」として計上します。個人事業の「事業主借」と感覚は近いですが、法人の場合は明確な債務となります。
8. 会社の資金を個人が一時的に借りた場合
会社の資金を、役員個人のプライベートな支払いに一時的に使ってしまった場合や、個人の生活費として法人口座から個人口座へ移してしまった場合です。これは原則として避けるべきですが、発生してしまった場合の処理です。
取引のイメージ: * 会社の法人口座から個人の口座へ資金を振り込んだ（役員報酬ではない、一時的な借入のイメージ）。
会計ソフトでの仕訳例:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 | | :----------- | :----- | :------- | :----- | | 役員貸付金 | xxx | 普通預金 | xxx |
解説: これは、会社が役員（個人）にお金を貸し付けた状態です。会社にとっては将来個人から返済してもらう権利を持つ「資産」となるため、「役員貸付金」として計上します。個人事業の「事業主貸」と感覚は近いですが、法人の場合は明確な債権となります。役員貸付金は税務調査で指摘を受けやすく、利息の計上が必要になる場合もあります。安易な使用は避け、役員報酬として正式な手続きで個人資金を得るように努めるべきです。
個人事業との違いを踏まえて
これらの例から分かるように、個人事業の経理で使っていた「事業主貸」「事業主借」「元入金」といった勘定科目は法人では存在せず、代わりに「役員貸付金」「役員借入金」「資本金」「役員報酬」といった、より厳密に会社と個人の間の資金移動や関係性を示す科目が使われます。
これは、法人と個人が別人格であるという原則に基づいています。個人事業の感覚で会社の資金を自由に引き出したり、個人の資金を会社に投入したりすると、経理処理が複雑になるだけでなく、税務調査で指摘を受けるリスクも高まります。法人口座を中心とした資金管理と、適切な勘定科目を使った仕訳入力が、法人経理の正確性を保つ上で非常に重要です。
会計ソフト活用の重要性
これらの複雑な仕訳を正確に、かつ効率的に行うためには、会計ソフトの活用が不可欠です。多くの会計ソフトは、銀行口座（法人口座）との連携機能を備えており、入出金明細を取り込んで仕訳の入力をサポートしてくれます。
まずは、法人口座の開設と会計ソフトの導入、そして最初のお金の動きに合わせた仕訳入力を正確に行うことから始めてみてください。会計ソフトの操作に慣れることで、日々の経理業務がスムーズに進むようになります。
まとめ
法人設立後の最初の経理は、個人事業とは異なるお金の流れや勘定科目に戸惑うことがあるかもしれません。特に、法人口座を中心とした資金管理の徹底と、資本金、役員報酬、役員勘定といった法人特有の科目の理解が重要となります。
この記事でご紹介した具体的な取引例を参考に、まずはご自身の会社で発生したお金の動きを整理し、会計ソフトでの仕訳入力に取り組んでみてください。正確な経理は、会社の財政状態や経営成績を正しく把握し、適切な経営判断を行うための基盤となります。不明な点や複雑な取引については、税理士などの専門家に相談することも有効な選択肢です。最初の一歩を大切に進めていきましょう。